伏見・南インターエリア

伏見・南インターエリアの特色
豊臣期に建築された伏見城の城下町として繁華街を形成してきた伏見・南インターエリア。

伏見城城下町の伝統を脈々と受け継ぎ、往年の淀川水運業を始めとする商業拠点である伏見。京都の南郊で交通の要所ということもある南インター付近は、日本の黎明期からたびたび戦火に見舞われている。また、古くは平安貴族の別荘地、現在では京都中心部や大阪方面へのベットタウンという色合いも持ち合わせているのである。

江戸初期に銀座が設けられ、造り酒屋が軒を並べていた城下の経済活動は活発で、人口6万人という当時としては大都市であり一大消費地域であった。かつて伏見港と呼ばれた辺りでは、有名な寺田屋始めとする船宿や簡易な女郎宿が賑わいの跡がその街筋に現れ、えも言われぬ趣が感じられる。

近年では、御香宮神社や伏見稲荷大社などの祭事や前述した寺田屋に大黒寺、薩摩藩邸跡といった維新の史跡を巡る観光客が、地元住民やビジネスマンに交じって街筋を賑わせている。

日本の宿場町の性風俗文化は、泊まり客へ飯盛女と言われた女郎を付ける風習を鑑みると推して知るべしで、荒んだものであった。しかし往年の伏見では、交通の要所であることもあって政権の威令が行き届き、当時の世界基準以上の統制が取れていたようである。現代風に例えると、国家が性風俗の営業申請や延長に莫大な税金を徴収する代わりに庇護していたということ。もっと分かりやすく例えると、東京の吉原や大阪の新町、長崎の丸山といった遊郭の縮小版といったとこだろうか。現在の伏見には遊郭はないが、伏見の風俗には何とはなしにその雰囲気(風情)が残っているような気がする。

遊郭の雰囲気が残ると聞くと、高級感がありそうだと思う反面、花魁と呼ばれるような客を選り好みするような嬢がお金を絞り取るイメージが先行する。いわゆるボッタクリのイメージだが、現在では決してそんなことはなく、完全に優良店舗ばかり。特にこの伏見・南インターエリアでは、デリヘル店が圧倒的に多いため、この手の詐欺行為は皆無と言えるだろう。肩の力を抜き、安心して遊んで頂きたい。

伏見・南インターエリアも一大観光地・京都の例に洩れず、街の景観に関してかなり厳しいこともあり、店舗型の風俗は少ない。その代わりと言ったら語弊があるが、デリヘル店の数は多く、そのジャンルも豊富。京都中心部はもちろんのこと、大阪や神戸といった大都市のジャンル数にも引けを取ることはない。

伏見・南インターエリアのデリヘル店の傾向は、やや若い子系のお店が多く、どのジャンルの店もビジュアルの質が高いということ。高級キャバクラで働いているような綺麗な子とAF。つまりこんな妄想を電話一本で叶えられるということ。皆様も是非、気軽に妄想を叶えたり遊んでみたりして頂きたい。
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